2013年5月25日土曜日

旧五町を知る~郡山散策編~

今回は鹿児島市の北部に位置する甲突側の上流域、郡山を散策しました。
こいやま八重の会、河野さんのご厚意でお勧めスポットをガイド付きで案内していただきました!


より大きな地図で 郡山 を表示


スタート地点は、八重山観光館ふらっとホーム。
国道328号線から八重山公園方面の筋に入っていけば、棚田や甲突池等
風光明媚な地域が広がります。 ↓↓

八重山観光館ふらっとホーム

















新しいけれど、木材がふんだんに使われていて温かみのある建物です。
八重山地区は、郡山地域の北部に位置し、八重山や甲突池、棚田等を擁しています。
その活性化等を目的に活動されている「こいやま八重の会」が、4月にオープンした

施設がこちらです。
今回、郡山探訪のスタート地点として利用させていただきましたが、中は郡山への想いと

情報でいっぱいでした。
また「ふらっと」訪れてみたいです。


甲突池


















今回、郡山めぐりで一番楽しみにしていた場所、甲突池。
甲突川始まりの場所にたどり着いたと思うと、感慨深いものが…
岩の隙間から、冷たい水が静かに湧き出ており、「平成の名水百選」に

認定されるのも納得の透明度です。
郡山には、他にも10数か所湧水地があり、シラス台地で濾過された山水は

とても美味しいそうです。
また、山水を棚田や生活用水に利用する、昔ながらの生活を見ることもできます。
市内から車で40分足らず、日帰りで癒しを求めるには絶好の場所です。


八重の棚田

















鹿児島市の郡山地区【八重山(標高677m)と花尾(標高540m)】の棚田。起源は鎌倉時代で、現在は全部で240枚あるそうです。棚田米がおいしいと言われる理由は天然水育ち山間部にある為、ミネラル豊富な山の天然水で育っていること。減農薬栽培冷涼な気候の為、害虫の発生も少なく減農薬であることだそうです。ん〜、お米のことを考えたらお腹空いてきましたww
付近からは鎌倉、室町時代の遺物も出土しているとか。
長い時代の間に組み継がれた石組みに趣を感じます。
田植え後の青々とした棚田、収穫期の金色の棚田も絶対見に行くぞー!
上からも下からも楽しめる原風景です。

八重の滝

















民家の脇を通らせていただいて辿り着いた小さな滝。
こちらも甲突川の源流の一つとなっているそうです。

八重山登山口(鳥居側)
























八重山登山口。山全体が御神体といわれる八重山の鳥居から2.4キロ先の
山頂までの道のりは、ハイキング感覚でもOKという初心者向け。
家族、友人、恋人•••それぞれのパーティで登る八重山の自然は、互いの絆をより深めるのだろう。そうだ、八重山へ登ろう。

約1時間半で八重山周辺をひとまわりした後、昼食をとって花尾周辺をまわりました。
島津氏古くからのゆかりの地、花尾神社や宗教弾圧の歴史を残す隠れ念仏洞など↓↓

 スパランド裸・楽・良

















ゆるり庵との素敵そうな食事処がありましたが、大所帯での飛び入りは難しく・・・
スパランド裸・楽・良にて昼食をいただきました。
食事だけでもくつろげるスパランドら・ら・ら。
  
丹後の局の墓

















花尾神社の参道上。なになに…「安産 子授」!聞けばこの丹後局、薩摩藩祖島津忠久公のお母様!これは手を合わせないわけにはいかないでしょ。しかも忠久公、なんと源頼朝の子だったとは驚きです。(諸説あります)

花尾神社

社殿右上の守り神は口を開けて「あっ!」左上の守り神は口を閉じて「うんっ!」まさに阿吽の呼吸だなんて趣深いなあ~~~。


鹿児島市郡山にある花尾神社。
屋根の両端で交叉させた部材のことを「千木(ちぎ)」というそうです。
この「千木」を見たら、男性の神様か女性の神様のどちらかを祀ってあるのか
分かるそうで、縦に地面と直角に削いであると男の神様、横に地面と平行に
削いであると女性の神様が祀られているそうです。
花尾神社はどっちだ・・・?


案内をしていただいた河野さんオススメの「内側からの視点」。
暗がりから出口に向かって鮮やかに映る赤の装飾。そして、それを包み込む外の自然の柔らかな緑が綺麗に調和してました。
現地にいかなければ体験できない光景に感動!


花尾隠れ念仏洞

花尾山の麓、鬱蒼とした森の中に小さな洞窟があります。
ここは薩摩藩政のもと浄土真宗が禁止された300年もの間、密かに信仰の火が
灯し続けられた場所です。
岩壁は強く逞しく、その拝み手のような形は人々の強い意志が宿っているかのようでした。

最後は南泉院というお寺に立ち寄りました。ミャンマーでの慈善活動を続けられているというご住職が親切に案内してくださいました。「いただきます」のお話が心に残っています。↓↓

南泉院

知る人ぞ知るスポットではないでしょうか。
南泉院は天台宗の寺院で、かつては今の照国神社の位置にありました。
ところが明治初期に廃仏毀釈の憂き目にあい、約130年後の平成9年になって花尾町に目出度く再興したということです。
南泉院では写真の涅槃像だけでなく、特攻隊の慰霊碑やミャンマーの仏舎利塔などのさまざまな施設が、花尾の豊かな自然に溶け込むように配置されており、独特ですが清爽な雰囲気を醸しています。良い山寺です。
運が良ければ、住職の含蓄深いお話も聴けるかもしれません。

2013年4月30日火曜日

ぶらりまち歩き(城下町上町~島津家墓地・福昌寺編




鹿児島ぶらりまち歩きに参加。
ボランティアガイドさんの個性ある語り口が毎回楽しみです。


より大きな地図で まちあるき福昌寺 を表示


今回は石橋記念公園、祇園之洲界隈からスタートして、清水町の路地を通りながら、
池之上町にある玉龍高校裏の福昌寺跡を目指します。


 石橋記念公園 浜町
甲突川にあった五石橋。20年前の8.6災害までは現役で、路面両端には轍が。
つなぎを使わず石同士の反発力で組まれた美しいアーチ、鹿児島のよき風景を
作ってきたんだな~。



西田橋たもとの西田橋御門。再現総額費用なんとマンション5つ分。
城下の武士や旅人が通行していた御門ですが島津の家紋がしっかり刻まれていました。

多賀山公園 東郷平八郎像

日露戦争の日本海海戦で連合艦隊を率いて、ロシアのバルチック艦隊を破った英雄。
世界中から尊敬を集めています。
今も錦江湾を通る船たちを見守っています。

〈祇園之洲方面から10号線へ〉↓↓

 

南方神社 清水町

信州諏訪大社の分社で別の名を諏訪神社ともいい、鹿児島五社(上町五社)の
第一になっています。
島津家第五代貞久が南北朝時代に建てたもので、島津氏の氏神になっていました。
本殿の再建に伴い正月恒例の五社参りも復活したそうです。


崩れ落ちた石灯籠からも島津氏との深いつながりを読み取ることができるそうです。
意外と奥深い城下町、上町。


〈10号線沿いから清水町の細い路地に入っていきます〉↓↓

本立寺跡 清水町

島津家の家紋(門)を抜けると、苔生す緑の絨毯が広がります。
その先には五つの石塔が並び、初代〜五代目の藩主が祭られていました。


住宅街の中に現れるチョットした林。
本立寺は公園ではありませんが、このように林に囲まれた空間がまちの中に
点在するのも素敵だな~。


〈清水町から一つ橋を渡ると池之上町へ〉↓↓


一つ橋 清水町

まち歩きをしながらゴミ拾いもしました。
ただ、ゴミを探すのに夢中になって解説を聞き逃しちゃったり・・・。
ちなみにこの橋にはなぜか顔があるんです。夜見ると怖いかも。


〈最後は玉龍高校裏手、福昌寺跡へ〉↓↓


福昌寺跡 池之上町(玉龍中・高裏

歴代島津公の眠る集合墓地。
久光公や斉彬公、義久公も没後はみんな仲良く安らかに。
奥方や、犬の珍(ちん)や子ロ(ころ)まで、埋葬されています。


ここまで約2時間歩いてきました。
まち歩きの醍醐味は発見だと思いますが、住宅街の中にこのような場所が
あるとは全く想像していませんでした。

最後の写真は亀の石像です。この上に書いてある文字の羅列を読み解けば、
亀が動き出して新たな薩摩を発見できるかもしれません。

2013年3月31日日曜日

はじめに~25年3月以前の活動~

①24年10月 ぶらりまち歩き「城山遊歩道」
  「鹿児島ぶらりまち歩き」5人で初参加。
 普段気にしていなかった、わがまちの魅力を再発見した。
 
②25年1月 ぶらりまち歩き「磯の近代化遺産」
 この会から月1回を目標に鹿児島を知るためのイベントを開くこととした。
 毎回10名ほどの有志で活動。

③25年2月 鹿児島中央駅「朝市」体験
 鹿児島に古くからある日常を体験するべく、中央駅朝市へ。
 休日に早起きをして旬の食材を買いに行く。売り子の人々は品物を包みながら
笑顔で調理法などを教えてくれた。 
 夜には朝市で買い集めた食材で宴会。

④25年3月 グリーンファーム体験&喜入めぐり
  鹿児島市の新しい農業体験施設、グリーンファームへ。
近辺の喜入散策は地元出身の仲間がガイドを引き受けてくれた。