2014年3月15日土曜日

ふらり谷山ドライブツアー

春うららかな陽気に誘われ、ふらりとドライブに出かけたくなる季節になりました。
ということで、今回のまちあるきは鹿児島市街地南部の谷山地区を、車で周遊したいと思います。


谷山処理場

谷山処理場では谷山市街地や遠くは桜ヶ丘団地の汚水を処理しています。通常の家庭の管の太さは直径10cmだそうですが、段々太くなってこの谷山処理場に は165cmの管でつながっています。ポンプなどの機械で圧力をかけて運搬しているのかと思いましたが、自然流下で運ばれるそうです。
ただし、そうは言っても、流 れずに大きな塊になるものがあるので、流さないように気を付けてほしいと言われました。それは、油と長い髪で、油は冷えると固まり、それが髪の毛と絡んで 段々大きくなるそうです。ちょっと不気味です。
また、全く臭いは気になりませんでした。さすが日本の技術だと思いました。


 

七ツ島メガソーラー発電所

昨年11月より稼働を開始した、日本最大の太陽光発電所である「鹿児島七ツ島メガソーラー発電所」。年間約78,800MWhの電力を発電し、県内の電力需要の2.2%を賄える計算になります。
29万枚のパネルが整然と並ぶ様子は、まさに圧巻の一言!敷地の奥には錦江湾と桜島を望み、さながら自然と科学技術の融合した庭園のようです。
ちなみに、パネルを囲むフレームにはスリットが設けられ、雨で火山灰が流れ落ちるようになっています。全国各地で続々と太陽光発電所が建設されていますが、このような地域性がみられるのも鹿児島ならでは?なのかもしれません。


発電所の敷地は東京ドーム約27個分という広さ。外周を歩くと1時間半ほどかかるそうです。この広さの土地を整地するためにGPS搭載の車両を走らせ、なんと全敷地±2cmという高低差まで整地したそうです。
発電所に併設されている「鹿児島七ツ島ソーラー科学館」では地球環境問題や太陽光発電のしくみをビデオやクイズ形式を用いて、とても分かりやすく解説されています。子ども向けでもあり、夏休みなど親子で楽しく学ぶにはもってこいです。
科学館のつくりが、円形で2階の展望コーナーへつながる通路もぐるっと らせん状になっているため、列をなして行動するような小・中学校の遠足や学外学習にも適した、見学しやすい施設です。実際に発電所の外周を歩いてみたり、 バスで見学したりするのも敷地面積の大きさを実感できて良いかもしれませんね。

日本最大の太陽光発電所が鹿児島にあることを誇りに思います!昨年11月に稼働開始したばかりなので、これから多くの人に知ってもらい、いまの子どもたちが大人になった時に誰もが「行ったことある!」というような親しみのある発電所・科学館になることを願ってます!


平川動物公園

これから始まる動物たちとの出会いに、期待感を盛り上げてくれる、青空に映える鮮やかなゲート。このゲートに限らず、園内は花壇がきれいに整備されており、季節の花々が彩りを添えてくれる。
平川動物公園は、平成21年度から平成27年度にかけてリニューアル事業が行われている。入場料は、高校生以上が500円、小・中学生が100円。以前に比べれば値上がりしたが、展示内容や施設の質、そして、1日掛けても廻りきれないほどのボリュームを考えれば、十分安い。年間パスポートは、2回分の料金なので、年に3回行けば、元が取れる計算だ。
リニューアルの成果を見に、季節の変化を感じに、シーズンごとに1回くらい訪れてもよいかもしれない。


写真は、ビントロングという動物です。元々は金網で囲まれたケージのみで展示されていましたが、現在は木の上で生活するという本来の性質に合わせて、木の枝がたくさん入れてあります。また、給餌筒にロープが付いており、見学者が外から引っ張り、枝の上へ届けるという体験型の展示が行われています。
ビントロングをはじめとして、現在、動物園では「エンリッチメント」という動物の「幸せ」を大切にした環境づくりが重視されているそうです。このような環境をつくることで、動物の福祉を実現するとともに、動物本来の姿を見学者に提供することにつながります。
「レジャーや憩いの場としてだけではなく、教育や環境への取り組み等、動物園を多様な場面で生かし、その存在意義を考えること必要である」という、案内してくださった飼育員の方のお話がとても印象に残りました。



こちらも体験型や参加型の取り組みに力を入れている平川動物公園での一幕です。え?どっかで見たことある?気のせいでしょう。こちらはイワトビペンギンではなく、フンボルトペンギンです。ちょっと似ているだけです。
ただ、遠目に展示された動物を見るだけではなく、間近で、動物本来の動きや習性を目にするという経験は、子どもの成長の上でもとても貴重で重要なものとなるはずです。
決して、利益追求だけを目的としない、社会の発展に大いに意味のあるサービスへの理解とそのサービスを提供する場の維持・発展を社会全体で支援する気運が高まってほしいですね。


 
今回の経路はこちら↓


2014年1月25日土曜日

ぶらりまち歩き 天文館編

今回は、鹿児島ぶらりまち歩き
“よかおごじょ”のわくわく天文館まち歩き!コースに参加しました。
天文館は中央駅エリアと人気を二分する鹿児島の繁華街ですが、
今回は街中に残る歴史の移り変わりをたどりました!

中央公民館

















昭和2年に鹿児島市公会堂として開館しました。
戦争による被害が多かった本市では貴重な古い建物ですが、やはり戦時中は爆弾が落とされたそうです。
しかし、内部では火災が発生したものの、外側は無事だったそうで、修理・改修をしながら使用され、平成17年には国の登録有形文化財に指定されました。
平成24年から1年ほどかけて行われた改修工事により、外観はそのまま、エレベーター設置されるなど設備がよくなり、内部はきれいになり、さらに使いやすくなりました。
利便性・実用性と歴史的・文化的価値が両立する、魅力溢れる公民館です。 

西郷銅像



















鹿児島のシンボルといえばこちらの西郷さんですが、意外とじっくりと眺めたことはなかったように思います。東京の西郷さんが私たちの2倍の身長であるのに対し、こちらは3倍だそうです。
銅像が立っている基礎石には、根占から運ばれた石が使われています。また、築山の中に立つ銅像は珍しく、背景の城山と一体となり、遠くから見ると山の緑の中に西郷像が立っているように見えるよう工夫されているそうです。
私たちにとってもっとも身近な西郷さんでしたが、初めて知ったことがたくさんありました。緑が美しくなる季節を楽しみに待ちたいと思います。


























西郷銅像の道路向かいの記念撮影スポットに置かれたお犬様(愛犬ツン)。
一昔前は無かった気がしますが、いい味出してます(笑)
なんと、休日にだけお目見えするそうです。ぜひ一緒に写真をとってください!

探勝園
























 照国神社横の三公像の一つ、島津斉彬の銅像ゎ大正6年に建立。斉彬公ゎ造船、製鉄、紡績、ガラス等さまざまな事業に取り組みましたが、外の技術をそのまま 運用するのでゎなく、今まである自分たちの技術の中に新しいものを取り込み、自分たちのモノにしてから運営していったからこそ次世代にも残る薩摩力が出来 たようです。その姿勢ゎ今の私たちにも通じることですね!

護国神社頓宮



















照国神社の北東、照国大明神こと島津斉彬像と探勝園の間に、味のある風合いの社が佇んでおります。
なんとそこには「護国神社」の表札が。
初詣の時期には照国神社と1,2を争う集客力のある護国神社。
現在は草牟田地区にあるのですが、かつてはここに鎮座していたとのことです。
護国の名のとおり、国事に殉じた英霊を祭った神社なわけですが、時代とともに場所と名前が変わり、祀られる神様の現世での呼び名まで変わってきました(殉職された自衛官・警察官・消防士等が祭られています)。
当然といえば当然なのですが、神社に歴史あり、と嘆息するばかりです。
なお、お隣の照国神社の場所にも、廃仏毀釈の前は南泉院(現在は花尾町にあります)があったとか。
持論ですが、神社が神社らしくあるためには、あわただしい人間の営みから隔絶した、恒久性を感じさせる穏やかさと、同時に少し張り詰めた空気を具えている必要があると思います。「凛として変わらない感じ」が、神社の聖性の肝なわけです。
実は結構な変化変遷の経緯があり、けして恒久的であったわけでないのに、それを礼拝者に感じさせない神社たち(そして、気づかない私)。いったい何がそうさせるのか、実に不思議なものです。

照国神社鳥居


















 この写真の中の小さい黒丸を見つけられますか。
 この鳥居は照国神社の鳥居で、平成19年に改修した際に、わざと付けられた印だそうです。昭和4年9月に建てられ、昭和20年の鹿児島市一帯が焼け野原 になった終戦末期の一連の空襲で機銃掃射を浴びた弾痕の跡(直径、深さとも約10センチ)を、戦争の記憶をとどめる証拠として残されてきました。しかし、 時の経過とともに、塗装部分が浮き上がって落下する危険性があったため、埋め戻すことになったそうですが、せめてここに弾痕の跡があったことを残そうと印 をつけたそうです。

照国神社交差点






















照国神社前の交差点は、国道3号線、10号線、225号線の3本の国道が交わる珍しい交差点です。中央公園側に、それを示すオブジェがあります。普段は気付かずに通り過ぎてましたが、ふとしたところに珍しいものはあるんですね。

ステンドグラス




















 天文館のメイン通りから一本外れた筋のアーケード内。
普段は前しか見て歩かないところだが、ふと上を見上げるとそこにはきれいなステンドグラスが。
1549年、フランシスコ=ザビエルがキリスト教の布教のために鹿児島を訪れた。
その歴史がなんとも美しく描画されたステンドグラスは一見の価値あり。

天文館一帯

















天文館一帯は武家社会であった江戸時代まではそれぞれ3,000坪くらいからなる4つの大きな武家屋敷で占められたそうです。
現在の多数のお店がひしめく状態からは想像できません。
しかし、明治維新によって武家社会から明治の近代政府に変わったことから、大きな武家屋敷も縮小、分譲されていき、今のような商業区画になっていたそうです。

 ゴンザ通り GONZA st.


















世界で初めて露日辞典を作った青年ゴンザの名をつけた通りです。
1728年、薩摩藩主の命で鹿児島から大阪に向けて17人の乗組員を乗せた船が出港。
しかし、途中嵐に遭い6か月も漂流、たどり着いた先はなんとロシア領カムチャッカ半島!
生き残った乗組員はロシアの首都ペテルブルグへ送られました。
そのうちの一人がゴンザ!
ペテルブルグで女帝アンナに謁見し、気に入られたゴンザは、日本語学校の教師となりました。
そして彼は世界で初めて露日辞典を作ったのです。
(実際は日本語というより鹿児島弁が満載の露薩辞典だったそうです☆)



山形屋
















県民が愛してやまないデパート山形屋。
その歴史は古く、創業は1751年、なんと263年前です!!
店名の由来は、創業者が山形県の呉服商人であったためだそう。
写真はおなじみの「山形屋名物焼きそば」。
7階のファミリーレストランで食べられます。
右がレギュラーサイズ、左がミニです。
揚げためんに、野菜たっぷりのあん、お酢をかけていただきます。
年間18万食の注文があり、県民の味として愛されています。
「七草会」は、百貨店友の会の草分け。
満会特典として、以前は歌舞伎の観劇券が配られることもあったそう。
「鹿児島市建築文化賞」を受賞した外観も、街並みと調和して素敵です。



今回は2時間をかけて天文館の歴史の跡をいろいろ案内していただきましたが、ここには書ききれないくらい、また今回は巡りきれなかったくらい色々な秘密があるようです。
鹿児島ぶらりまち歩きでは、市民客か外来客か、またガイドさんによってもコースが微妙にかわってくるようです。
今回は市民客としてまち歩きをして、普段利用する天文館がぐっと思い入れ深い場所になったと思います!


2013年12月15日日曜日

松元地域「かごしま再発見地域めぐり」ツアー

12月は,かごしま市民の広場に紹介されていた、「かごしま再発見地域めぐり(松元地域編)」に参加!
南国交通のガイドさんと市役所松元支所の職員さんのガイドで、丸一日のバスツアーに行ってきました。




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直木ファームボンド&茶畑















鹿児島市のお茶処といえば松元。
お茶を使ったお菓子で茶々まんじゅうなんか有名ですよね!
お茶は春先に積むのを一番茶と言い、秋冬は四番茶になるそうです。
見学した茶畑にはスプリンクラーがあり、これは新芽が凍霜害にあうのを防ぐため、気温1~2℃ぐらいで自動的に水が撒かれる仕組みになっているとか。すごい。



松元ダム















松元ダムは鹿児島市に2つあるダムの1つで、鹿児島県が所有するかんがい用水専用ダムです。
2002年に完成し、堤長144m、堤高38.5mで総貯水量は64万tあります。
ダムの水は畑作物やお茶のかんがい及び霜害防止による増産と降灰洗浄による品質向上によって農業経営の安定向上を図るために使われています。
ダム湖周辺は遊歩道が整備されており、自由に散策することができます。
当日はバスツアーで時間がありませんでしたが、次回はこの遊歩道をゆっくりと散策したいと思わせる自然豊かで静寂な場所でした。


お伊勢岡公園

















フェスタ松元















毎年開催される農業まつり「フェスタまつもと2013」に行ってきました。
会場は松元平野岡運動場といって、鹿児島市街地から車で30分ほどの場所です。高台にあるため当日は冷え込みましたが、会場には松元地域の特産品がずらりと並び、多くの家族連れでにぎわっていました。














 



特に「松元牛」の販売会には、1時間前から長蛇の列が出来ます。それもそのはず、自然豊かな松元地域で育てられた牛は、高級黒毛和牛として関西にも出荷されているそうです。市場価格よりもかなりお得に買えるそうなので、来年の12月の第3土曜日には、是非プライベートで来ようと思います。
他にも、とれたての食材を使った「ねぎ焼き」や「山菜おこわ」など、地元のお母さん達の懐かしい味が堪能できますよ。
お腹が一杯になったところで、鹿児島市民のソウルミュージックおはら節で「らくらく体操」を踊りました(写真)。みなさま、ご協力ありがとうございました!!


石谷の石坂





この坂道は「石谷の石坂」といわれ、1860年に石谷奉行となった有馬新七が青少年育成にあたり、不真面目な者には罰として遠くから石を運ばせ、当時、伊集院から鹿児島までの悪路(ぬかるみの多い坂道)であった道を石坂としたそうです。
中にはかなり大きな石もあり、本当に青少年が運ぶことが出来たのか不思議なくらいです。
当時は150m程の石坂だったそうで、現在ではその一部が保存されています。距離にして30~40mくらいです。

中村晋也美術館 






日本を代表する著名な彫刻家である中村晋也氏。生まれは三重県ですが、鹿児島大学で教職に就いたことをきっかけに、この地に活動の場を移しました。
80歳を超えた今も現役を貫き、美術館に隣接されたアトリエで製作を続けています。
心と身体、静と動。氏の作品には造形的な美しさだけではなく、人間の様々な本質や営みが刻まれているよう。この嬉々とした表情の幼子が見つめる先には何があるのでしょうか?
答えはあなたの目で確かめてみてください。

2013年11月16日土曜日

寺山めぐり&白銀坂下り編

11月は寺山公園遊歩道を楽しんでからの、吉野側から白銀坂を一気に下りました!

より大きな地図で 寺山&白銀坂 を表示
鹿児島中央駅~寺山自然遊歩道
鹿児島中央駅から南国交通バスに乗り30分程、三州原学園前で下車。10分ほど歩くと寺山自然遊歩道の入り口があります。
遊歩道は意外と深い森の中を通ります。


 



















寺山炭窯跡
霧島錦江湾国立公園の一部をなす寺山自然遊歩道。標高の割に高低差が少なく、手軽に山中の散歩を楽しめますが、その入り口付近にある史跡「寺山炭窯跡」も注目してほしいところ。
ここでは島津斉彬によって展開された集成館事業(日本初の洋式産業群)のため、動力源である木炭を製造していました。
近代日本の飛躍的な発展の源流とも言える施設であり、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として、世界文化遺産への推薦が決まっています。まだまだ知名度の低いところではありますが、今後客足が増えるのは必死。先取りして今のうちに訪れてみてはいかがでしょう。

















水道設備跡
南洲翁開墾地碑の程近く、水道設備と思わしき石造りの建物があります。
苔が蒸しに蒸して色鮮やかです。朝方の張り詰めた空気によく似合っておりました。寺山遊歩道は、歩道以外はおおむね草木に覆われており、清涼な空間を楽しめます。但し、滑りやすいので足元にはご注意を!歩きやすい靴で挑みましょう。
























南洲翁開墾地碑
西郷南洲翁開墾碑は、寺山自然遊歩道に沿ったところにあり、題字は元帥東郷平八郎の書です。明治6年西郷隆盛は征韓論に敗れて帰郷した時、彼を慕って帰ってきた青年等のために、明治7年6月視私学校を設立し、翌8年4月には寺山に吉野開墾社(私学校の分校)を設立しました。この開墾社では約50人を収容し、昼間は荒地を開き、夜間は学問に励んだそうです。
県庁から39ヘクタールの開墾地を得て、開墾が成功した暁には、次は出水の大野原を開墾する予定でしたが、4ヘクタールほど開墾したところで西南戦争が始まり、志半ばで終わってしまいました。
なお、そのそばには、寺山炭窯跡が1基現存していますが、当初は3基あったそうで、この開墾地碑が建設されたとき破壊されたといわれています。この炭窯跡は世界文化遺産として推薦される「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の産業遺産群のひとつとして位置づけられており、なぜ2基壊したのかわかっていません。(鹿児島市教育委員会発行の資料を参考)
























寺山自然遊歩道を抜けて車道をまた10数分歩くと、寺山公園に着きます。公園とはいいつつも展望所しかありません。近隣の寺山ふれあい公園とお間違えないように。でもこれが絶景!

寺山公園展望台
大変わかりやすいいい眺め。
正面には桜島が、眼下には水面が、背後には風力発電があり、写真をたくさん撮ってしまう。
駐車場もきちんとあり、遊歩道やデッキも整備されていて使いやすい。
今回は10時ころだったけど、早朝や夕方や夜など、時間帯を変えて訪れてみたら、また違う景色が楽しめそう。
















 寺山散策の後は、本日のメイン「白銀坂下り」です。寺山公園から白銀坂入り口はタクシーで10数分。ここはタクシーか自家用車が必須です・・・

白銀坂①
白銀坂は古くは鹿児島の主要街道であった「大口筋」の一部で、難所として有名だったそうです。
明治時代に国道10号線となる錦江湾沿いの道ができたこと、また鉄道が開通したことで利用されなくなりました。
現在残っているのは鹿児島市牟礼が丘~姶良市重富の約2.7kmです。勾配のある場所や曲がりくねった場所などもあり、いかにも山越えの坂道という雰囲気です。
今回は楽をして下りコース。途中JTの森や布引の滝に立ち寄りましたが、90分弱くらいは必要かもしれません。

















白銀坂②
白銀坂はそのほとんどの行程に石畳が敷かれていますが、これが膝に堪える・・・
人が歩くだけでも大変ですが、往時には荷を持った人々も行き来していたことを考えると、相当な難所だったことがうかがえます。
しかし、いたるところで山の草花の美しさが歩く人を励ましてくれます。
この日はツワブキの黄色い花が所々に咲いていました。















布引の滝
白銀坂の途中にある滝です。石畳の道から、木造の道に入り階段を登ると、目の前に立派な滝が見えてきます。滝つぼのすぐ近くまで行くことができ、ひんやりとした空間でした。歴史ある石畳を歩きながら、心地よい自然を満喫しつつ、日ごろの運動不足を反省した秋の一日となりました。






















重富駅
白銀坂を重富側へ下りきれば、そこから歩いてほんの10分弱でJR重富駅があります。
たくさん歩いたあとはJRに揺られて一息つきながら鹿児島市へ。 















朝8時に鹿児島中央駅を出発して、再び鹿児島駅に帰り着いたのは13時くらいでした。
バスを使ってJRも使って、そしてたくさん歩きました。(少しタクシーも・・・)
車で行って帰ってくるのではなく、たまにはこんな休日もいかがでしょうか。